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スタイル

Alleged Gallery
NYにあったAlleged Gallery 。今はもうない。

僕は18歳から海外で生活する機会に恵まれたが当時の経験が今の生活に大きく影響しているのは言うまででもない。当時は雪を求めて一年中スノーボードに明け暮れていた。まあおのずと行く場所は自然豊かな場所であるわけだけど、そういう場所に集まる人間は一般的ではないライフスタイルを持つ人が多かった。スノーボーダー、スキーヤー、スケーター、クライマー、MTB、BMX、カヤックなどアウトドアを愛するものが小さな街に集まっていた。僕を含めて彼らの生活の中心はそれらのアウトドアスポーツ。極端な話、スノーボーダーやスキーヤーなら雪崩に巻き込まれても、クライマーなら滑落し死んでもいいと思っている、むしろそうなれば幸せかもと思っているような人間達である。彼らの仲間内でリスペクトされる人間は必ずしも普段の生活(ビジネスや一般的な社会)ではリスペクトされるようなことはなく、どちらかといえば問題児、英語で言うなら「LOSER(負け犬)」だろうか。でも、彼らはどちらが幸せなのかを知っている、ストレスを感じながら組織で幅広く評価されることなのか、自然に寄り添い同じ価値観をもった少数の人間に評価されることなのかを・・。

彼らは個々のスタイルを尊重する。その人だけのオリジナルのものを特に褒め称えあう。それは、最初が誰かの真似であっても続けていくと不思議と個人の色が現れてくるのだ。仲間であれば、立ち姿や何百メートル先で見かけても誰なのかを言い当てることができるぐらい己のスタイルが確立してくるのである。そういうスタイルが形成されてくると人種や性別、年齢などの壁が消えていくから不思議である。

ここ最近はいじめについての報道が多いけど、どんな組織、コミニティ、グループにだっていじめは存在する。国家間にだって差別とかいじめより根が深いものがあるし、根絶しようとしたっておそらくなくならないだろう。問題はそういうことがあったときのの周囲の対応ではないかと思う。性別、年齢、人種に関係なく、何かひとつのことでも価値観を共有できればお互いをリスペクトできるはず、特に若年層に与える影響は計り知れない。そういう社会が小さなコミニティでもいい、色々できればきっと命を自ら落とす人の数も減るかもしれない。

 

2012/08/30

vol.101 棟方志功  ≪ 三坂堂通信 ≫ vol.103 縄文と弥生