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北のたくましさ

背中当(ばんどり)〈せなかあて〉
背中当(ばんどり)〈せなかあて〉
日本民藝館所蔵(日本民藝館HPより転載)
木綿・科皮 山形県庄内地方
昭和10年代〔日本〕20世紀

今年の冬は奈良も非常に寒い。雪が降る日も例年より多く、東北出身の僕は雪を見るたびに北の風景を思い出す。東北は他の地域に比べ長い間雪に閉ざされているので、冬の間の手仕事が盛んであったので自然と同様荒々しく、力強いものが多く作られたようなイメージがするけど意外に繊細なものも多い。その中でもさほど馴染みがないが、ひとつひとつに個性があり面白いのは蓑やけら、バンドリの類だと思う。

庄内地方の祝いバンドリなどは民藝館にも所蔵されているのが一般的にはものよりは正直馴染みは薄い。雪や雨、寒さ、荷を背負ったりする際に身体を守る道具のそれらからはどことなく信仰の祭礼に使うような独特の雰囲気を感じる。これらは、買うものではなく、使うものが自らつくり、技を発揮しそれを競いあったことによりその土地の環境にそくした見事なものが数多く生まれた。僕が業者に成り立ての頃、庄内地方で「ぼっち」と呼ばれるマタギの装具を手に入れた。それは非常に繊細に編みこまれ、海草なども使われている独特の風貌をもつもので、目にしたときは異国の先住民が作ったのかと思ってしまうほどのものだった。詳しいこともわからず意気揚々と飾ってはみたもののお客様からの反応は思ったほどではなく落胆したのを覚えている。その後、反応はないものの自分が気に入っていたのでしばらく手許に置いていたが、東京の骨董市に行くのになんとなく持っていくとひとりのお客様の目に留まりご購入していただいた。その後ちょくちょく、お眼鏡にかなえば買っていただいたり、お探しのものを探したり、時には品物を見ていただいて意見を伺ったりと教科書に載っていない土着的なことまでお教えいただいた。その方は、故安岡路洋先生である。師匠のいない僕にはなかなかの手厳しいお客様で色々と勉強?になり良いご縁だった。いわゆる骨董界の王道ではなくアウトサイダーよりなものに興味を抱くのも少なからず先生との出会いも原因なのかもしれない。先生は民具や民間信仰の遺物を見て説明するとき必ずといっていいほど当時の人々の思いや暮らしの様子を推測し語っていたのを思い出す。特に北の民のたくましさについて語っていたのは僕が東北出身だけに印象深い。現代になりそれらはほぼ用途を失い消えつつある(実生活での用途はない)のは寂しさを感じるが、北の民の繊細で優美な手仕事は何かを感じさせてくれる。

 

2012/02/23

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