SPAIKE LEE(スパイク リー)

SPAIKE LEE  do the right thing僕が高校生の頃に興味を持った映画監督。その頃、僕はパブリック・エナミーというラップグループが好きで英語の歌詞も理解できていなかったがおそらく社会的メッセージが強いだろうとは感じていて何かパワーみたいなものを感じていた。他のラップスタとはスタイルも一線を画していたし、その後ギャングスタラップの台頭でも理解できるようにアフロアメリカンの現実が歌詞を理解せずとも強力なメッセージを読みとっていたのかもしれない。

当時はアメリカの情報と言えばTVか雑誌、映画ぐらい、ましてや田舎町に住んでいたので、白人のビューシティーボーイズの台頭で世界中がラップブームになっていたとはいえ情報はあまりにも少なかった。そんな中、パブリックエナミーの曲が使われている映画があると情報を得た僕は早速「Do the right thing」を観た。その映画の内容は最初は想像するアメリカが描かれていたが、少しづつ人種問題が絡み合い暴動に発展していくとゆうような感じに変化していった物語だった。民族間の問題に全くかかわらず生きてきた僕には「なぜ?」と不思議に感じ、それがかえって映画監督に強い関心を持つようになり、過去の作品も観ることとなっていく・・。人種差別、貧困、少年犯罪(ギャング)、異人種の恋愛、教育の差、宗教、音楽などなどアメリカの持つ様々な問題を少し知ることができ、興味を持つことになった。その後海外で住むことに強い影響も与えたと思う。その頃僕が抱いていたアメリカに対する憧れのイメージは実はマイノリティーと呼ばれている人たちによって支えられていると知るきっかけをつくってくれた映画だった。左翼的アフリカ中心主義とも呼ばれているが、その表現すら白人社会側の考え方だろうし、一部そういう組織はあるが(1990年代初頭NYで街頭演説を良くしていた政治結社のようなグループがおそらくそういう組織だったのだろ)白人の有色人種を迫害する根強いグループからしたら社会的に「悪」とされる影響力は俄然少ないと思う。僕はそういった環境(ストリート)から生まれる文化に人間の力強さを感じたのだろう。当時の日本ではそういった感覚のものは少なく、すべてが張りぼてのように感じていたのかもしれない。だからスパイク・リーに興味を抱いたのだろう。

民藝と呼ばれているものもそうであるように、民衆から自然発生的に生まれる表現方法(有形でも無形でも)は人を惹き付ける力がある。戦後急激に浸透してストリートを中心に浸透していくオルタナティブカルチャーこそもしかしたら新たな民藝に取って代わるものなのかもしれない。現にスパイク・リーは著名な大学で教鞭をとっていることを踏まえてもアメリカでは社会的に認められているということなのだろう。

 

2012/04/19

vol.82 杉本 博司  ≪ 三坂堂通信 ≫ vol.84 ジャクソン・ポロックと漆芸品との共通点